小説の心情把握 国語
実は、今年、学習塾を開くまで、教科としての国語に、なぜ小説があるのか、分からなかったのです。
はっきり言えば、小説は「やらなくていい」、「やる意味はない」とまで、考えていた時期もありました。
とはいえ、私自身が小説を読まないわけではなく、小さいころから、わりとよく読んでいたほうだと思います。
今でも、読みます。
やる意味はないと考える理由はいくつかありました。
小説の解釈は読む人の自由である。
心情把握をさせても将来役に立たない。
それよりも論理的に読む訓練をしたほうがよい。
世の中の動きを学ぶ文章を読むほうが将来役に立つ。
このような理由をあげていました。
会社勤めをしていた頃は、「論理的思考力」や「問題解決スキル」が大事と言われ、
仕事に関係するプレゼンやセールス、マネジメントなどのスキル本をたくさん読んでいました。
小説は、「息抜き」が目的でした。
書店に入ると、いつもビジネス書コーナに立っている自分に、「仕方ないか」と自分を慰めていました。
ところが、こんな私に、180度考えを転換させたのが、現在、指導している読書教室です。
生徒さんは小中学生ですので、読書は物語がメインになります。児童文学、小説です。
物語本は、読書をあまりしてこられなかった生徒さんでも、スムーズに楽しく読み進めることができます。
小学低学年では、面白おかしいストーリー展開があり、読みやすい書籍を選んでいます。
高学年になってくると、登場人物の気持ちが描写され、
まわりとの人間関係、心情が変化していくさまを描いた書籍が増えてきます。
読んでみると、小説は教材として、とてもすばらしいという発見をしたのです。
次のような投げかけをします。
「この時のこの人物はどういう気持ちだったのでしょう?」 <心情把握>
「この人物は、ある出来事が起こって、気持ちに変化が生まれた。それは、どうしてですか?」
<心情変化>
「この人物は、なぜ、こういうことばを言ってしまったのでしょう?それは本心でしたか?」
<気持ちの葛藤>
「その時、何が起こったのでしょう?」<状況把握>
生徒さんたちは、真剣に考えて、答えてくれます。
深いところまで、考えを巡らせてくれる生徒さんもおられ、
私自身が楽しくなります。
「人の気持ちを考える」
優しい人になるため、心の成長にとっても大切な要素です。
小説には読んでいる自分に似た人物がいれば、自分より大人でかっこいい人物もいます。
自分を登場人物に重ねあわせることで、自分を振り返る、
自我が芽生える高学年の生徒さんにとって意味のあることだと思います。
また、まことしやかに言われているのが、
将来、AIが人の仕事を奪ってしまうかもしれないということに対して、
AIが苦手としているのが、「読解」と言われています。
特に、心情を理解することは、ほぼほぼ無理だそうです。
ビッグデータを解析することは得意でも、人間の感情をつかむことは苦手なAI。
ビジネスの世界でも、広告を作ったり、新しい商品を開発する仕事では、
「人の感情」をつかむことが重要と言われています。
人が困っていること、欲していること、情報や商品があふれている中で、
人が共感してくれるものを見つけていくのは、とても複雑で難しいことだと思います。
それゆえに、小説を読み、状況を把握し、気持ちを考えていくことは、
大切で必要なことだと考えています。
私にとって、コペルニクス的転換のお話しでした。